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偏愛的独白

GOLD~カミーユとロダン~

「GOLD~カミーユとロダン~」

2011年12月8日~28日
シアタークリエ

作曲:フランク・ワイルドホーン
脚本/作詞:ナン・ナイトン
上演台本/演出:白井晃
訳詞:森雪之丞 

音楽監督/歌唱指導:山口也
振付:原田薫・港ゆりか
美術:松井るみ
照明:斎藤茂男
衣裳:太田雅公
音響:井上正弘
ヘアメイク:佐藤裕子
翻訳協力:薛珠麗 
舞台監督:藤崎遊
演出助手:豊田めぐみ
プロデューサー:小嶋麻倫子
製作:東宝株式会社

上演時間:2時間55分(休憩20分含む)
S席11000円 A席8500円

出演:
カミーユ・クローデル:新妻聖子

オーギュスト・ロダン:石丸幹二

ポール・クローデル(カミーユの弟):伊礼彼方

クローデル夫人(カミーユの母):根岸季衣
クローデル氏(カミーユの父):西岡徳馬

アンサンブル
穴田有里
池谷京子
大泰司桃子
小暮キヨタカ
さとう未知子
清水彩花
高山光乗
西川大貴
平田小百合
森山純
横田裕市


1878年、フランスの田舎町。年頃になっても一日中彫刻に没頭しているクローデル家の長女・カミーユ・クローデル(新妻聖子)を、父クローデル氏(西岡馬)は温かく見守り、パリの美術学校への進学を勧めるが、当時は女性が彫刻家になる道は無いに等しく、母親クローデル夫人(根岸季衣)の猛反対を受ける。弟のポール(伊礼彼方)が演劇を志しているのも母親の頭痛の種であり、不協和音を抱えたままパリへ引っ越すクローデル一家。パリのアトリエでカミーユは“全能の彫刻家”オーギュスト・ロダン(石丸幹二)に出会う。当初、ロダンはカミーユを子ども扱いするが、彼女の溢れる情熱と秘めた才能の煌きを認め、自身のアトリエにカミーユを助手として招く。
アトリエでの共同作業に取り組むうちに才能と才能で惹かれあうロダンとカミーユに愛が芽生えるのに時間はいらなかった。ロダンには事実上の妻子がいたが、もはや彼の心を捉えるのはカミーユだけだった。アトリエで働き初めて半年、カミーユは自身の個展開催を計画するが、女性の個展は前例が無いという理由だけで芸術家協会から出展を却下されてしまう。才能は認められたのにと、納得のいかないカミーユは、ロダンの庇護が中傷の原因であると思い込み、自由な創作活動と発表の場を求めてロダンの元を去るのだが・・・。(公式より。)



新妻聖子さんと伊礼彼方くんが出演で、音楽は、フランク・ワイルドホーン氏となれば、ぜひ行かねばと思っていましたが、時期が、帝劇のヴァンパイアと重なるので、カード会社先行にて、1公演ゲット。
5列上手ブロック。
先行でとったけど、その必要は全くなかったかもしれない。
チケット売れてなかったし、割引も次々に出た。
招待券で来たのかなあ?という人たちも多く見かけたが、寝ている人はいても、マナーは悪くなかったので一安心。

予習はせずに観劇。
座席に、カラーコピーが一枚置いてあって、「物語に登場する彫像リスト」とある。
休憩時間に見る。
確かに、実際の彫刻を見たほうが、イメージがさらに広がる。

カミーユのことは、基礎知識程度しかなかった。

舞台は、かなり重苦しい感じで、気軽に観られる作品ではなかった。
カミーユとクローデルとタイトルにあるが、主役はカミーユであり、新妻さんのパワーに圧倒される舞台である。
新妻さんありきで実現できたと言ってもいいくらい。

それと、つらいけど、目が離せないのは、音楽のよさだけでなく、演出の白井晃さんの力ではないかと思った。
少なくとも、私は、飽きたり、冗長と感じたりすることはなく、物語の世界を堪能できた。
感情移入の必要はない。
カミーユもロダンも天才であり、私のような凡人とは違う。
どろどろした恋愛の部分は、普遍的な問題だろうが。

観終えたあと、心地よい疲れが私を包んだ。
決して集客できる演目ではないが、こういう作品を、クリエは、ずっと提供し続けていくべきだと思った。
もちろん、企業だから収益は大事なのだが、舞台という芸術を維持するという社会的貢献もあっていいかなと、
空いている客席を見ながら思ったりした。

シンプルで想像力をかきたてる舞台装置もよかったな。
白い彫像や高い門、白い布など。

幕が開いて、石丸さんのモノローグのあと、ピアノの音で始まる。
小さいころのカミーユの家庭のシーン。
ピアノの音が優しい。
そして、光にあふれている。
輝きながら歌いだす新妻さん。

この輝きは、途中で失われ、暗闇になるが、でも、最後は、やはり光となって観客に届いた気がした。

以下、キャスト感想。






カミーユ・クローデル:新妻聖子
ほかのキャストが思い浮かばない。
芸術家として、女性としての強烈な自己主張を歌い上げられるのは、新妻さんしかいない。
弟の彼方くんを好き勝手にする新妻さんが素敵(笑)。
ほとんど舞台に出ずっぱりで、歌もかなり多いので、相当疲れたのではないだろうか。
私は、前半に観たので、大丈夫だったが。
若くて自信たっぷりなカミーユも、後半の老けて狂気じみたカミーユも、どちらもゾクゾクする。

そういえば、石丸さんとのラブシーンがあったんですが、こちらが緊張しました(^^;)。
全然色っぽくないところが、逆にリアルなんですね。
若い女性が、かなり年上の男性とぎこちなく・・・という感じが出ていて、新妻さんが下着姿になって、石丸さんと重なって倒れるところなんか、もー、赤面ものでした。
官能的とは言わないんだけど、演技っぽくなくて、かえってドキドキしちゃいました。

この芝居は、新妻さんが苦手な人にはダメかもしれないなあ。
彼女の歌い方が突き刺さるように感じてしまうから。
私には、歌詞の一句一句が、しみいるように感じられた。

オーギュスト・ロダン:石丸幹二
ロダンって、こんなにかっこいいんだっけ?
ナイスミドルな石丸さんは、セリフも聞き取りやすく、歌もうまかったけど、新妻さんの引き立て役みたいな感じだった。

ポール・クローデル(カミーユの弟):伊礼彼方
外交官で、詩人で、劇作家。
カミーユのこと、大好きな弟なんですね。
いつもカミーユの味方だったけど、途中で宗教っぽくなって、姉の堕胎を糾弾するところは、怖かった。
歌は相変わらず、いい声で素敵だった。
もっと歌ってもいいのになあ。
かわいい弟から、老けた弟まで、幅広い年齢を演じられるのね。
ゆるめのスーツは、当時の衣装ってことで、ああいうデザインなのかな?
あまり似合ってなかった気がする。

クローデル夫人(カミーユの母):根岸季衣
カミーユの彫刻を全く理解しようとしない母。
当時としたら、当たり前だと思う。カミーユは、たまたま後世に名を残したけど、当時は、女性が彫刻などとんでもない時代。実力があって、ロダンが推薦しても、個展も開けないわけで。
ただ、精神病院へもお見舞いに行かなかったとは、母子の確執は相当だったのだろう。
根岸さんの演技は申し分ないけど、歌は、普通。
だけど、疲れ果てた感じがしっくりきた。
ミュージカル女優を使わなかったのは、演技を重視したから?
シャウトじゃなくて、語りかけるような曲があって、すごくいい曲だった。

クローデル氏(カミーユの父):西岡徳馬
もともとは、古谷一行さんだったが、病気で降板。
私は西岡さん、好きだから、これでよかったと思う。
カミーユに対する愛情と理解がすばらしい。カミーユが彫刻を続けられたのは、父親のおかげですね。
慈愛に満ちた目でカミーユを見つめるその表情が、すごくいい。
歌は、普通だけど、少ないから気にならない。

アンサンブルの皆さんも、安定していて、歌がとてもよかった。
私はつい西川さんばかり追ってしまったが。
カミーユの遅刻をロダンに言いつける役もしていた。

陰の主役は、彫刻そのものなのかもしれない。
カミーユの作品「ワルツ」「分別盛り」などは、舞台を観たあとで鑑賞すると、新たな感動があるだろう。
「分別盛り」の原題は、何というのだろうか?

公式HPで事前に公開されていた楽曲が、既に聴けなくなっている。
私は、ダウンロードしたので、3曲だけは聴いているが、あまりに早い削除が残念だ。

浅薄な感想で申し訳ないが、いい作品だったと思う。

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